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EBMと欧米中心主義

[2024.04.16]

EBM(根拠にもとづいた医療)という概念は私が医学生の頃ぐらいにはすでに提起されていた概念であり、医療行為を行う際の基本方針となっています。臨床研究や論文の知見の集積を実際の医学的判断をする際の根拠にするというEBMの有用性については疑いもない所です。

一方で、EBMの限界や問題点についてもかねてから色々な指摘がされています。現状では問題点についての根本的解決は難しい点が多く、このことがEBMの限界ともなっています。このことは決してEBMを否定するものではなく、そもそもそういうものとしてEBMを扱う必要があります。

しかし最近目につくこととして、一部の医療者などが特にSNSなどでEBMを金科玉条の如く扱い、EBMのエビデンスレベルの低い見解を「非科学的」と攻撃するさいに用いています。SNSは便利だし、医療の専門家が発信する情報は基本正しいものが多いですが、このEBMの使い方は誤解を招きうるものだと思います。

個人的に考えているEBMの限界の一つとして、ある医療行為の「価値」はEBMのみでは表現できないということがあります。

この「価値」というのは誰が評価するかによっても変わる相対的なものです。

例えばスタチンによる高コレステロール血症の治療が虚血性心疾患や脳梗塞の二次予防に有効であることについてはエビデンスがあり、これらの疾患の既往のある方にはスタチンの服用が推奨されます。

一方で、過去にこれらの既往のない人がスタチンを服用することによる心血管疾患の予防効果(一次予防)については議論があり、脳梗塞については一次予防のエビデンスはあるものの、細かく言えば高コレステロール血症で発症頻度が上がるのはアテローム血栓性脳梗塞(脳梗塞全体の3割程度)と思います。ちなみにこのリンク先の表は、総コレステロール値180~199の群が200~219の群より脳卒中の発症頻度が高いなど、結構ツッコミどころがある気がします。

日本を含めたアジア地域では脳卒中の頻度が高いため、脳卒中の一次予防はかなり重要ですが、世界的に見て、脳卒中リスク、または脳卒中死亡リスクの高いとされる国は、スタチンの服用率が低い国というよりも食習慣に問題があったり肥満が多かったり、高度医療の普及が遅れているなどの所得が中程度の国とされます。

一方で虚血性心疾患の頻度は(リンク先のグラフは死亡率の比較ですが)欧米に比べて低めです。虚血性心疾患は食生活の欧米化によって今後増えると予想されていますが…あれ?食生活の欧米化って大分前から進んでいたし、これ以上欧米化する余地があるのかというとあまりないような…ということで、ということで、もし介入するとすればこちらも、スタチンの服用でコレステロールを下げるというよりも食生活の見直しと運動習慣の方が理にかなっているようにみえます。

まとめると、日本人の場合は欧米に比べて心疾患の発症率が低いため、スタチンによる脂質効果療法の恩恵は欧米ほど高くないということと、脳梗塞の一次予防にはスタチンのエビデンスはあるものの、それは脳梗塞の中の特定の病型についての話であり、脳卒中の一次予防は概して長期にわたるものであることから、薬物療法よりはまず食事と運動がより重要であろうということです。そのうえで、スタチン服用による副作用出現率が軽微なものを含め10~25%として、個人的には食事や運動を改善できない人、改善しても下がらない人にとっては、副作用が出なければ服用することによるメリットの方が大きい(ただしメリットもデメリットも想像ほど大きいものではない)と考えます。ここで、現代の日本では虚血性心疾患も脳梗塞も死亡率が低いという点には留意する必要があります。日本人の死因の第一位は癌であり、コレステロールの高い人がすべてスタチンを服用したとしても他国よりは死亡率を下げる恩恵は低いと思われます。

これらのことをふまえての問題は、日本人がコレステロール高値とどのように向き合えばよいのかについて誤解が生じているようにみえることです。悪玉コレステロールが高いのが悪い、悪玉が下がらない自分はダメだ…みたいな話になってしまうと紅麹サプリに手が伸びてしまうわけですが、コレステロール値が低い=健康というのは正しくありません。病気のない人にとっては健康というより「健康的な生活をしている」指標の一つにはなるでしょう。一方で、疾患などで栄養状態が悪化するとコレステロール値は下がる場合があり、これは当然健康ではありません。同様のことは血圧についても言え、「血圧が低い=健康」という発想になっていますが、実際は血圧も身体の状態を表すパラメータの一つにすぎません。この勘違いが結構多くの人を苦しめているようにみえます。そしてこの「向き合い方」というのは、まさしく「価値」の問題です。

EBMに基づくことに忠実になると、エビデンスレベルの高い医学論文というのはどうしても欧米のものが多く、そこから得られる結論も欧米にとっての正解ということがしばしばあります。

例えばCOVID19流行期のコロナワクチンの有用性について、欧米の流行および死亡率からすればコロナワクチンは有用であったとしても、日本は初期の段階ではなぜか罹患率や死亡率ともに低く、このことがファクターXとして議論されることになりました。つまり、流行の比較的初期の段階では、コロナワクチンの有用性(有用性という言葉は厳密には定義がありますが、ここでは一般的な意味で使用)は欧米と日本とで違っていたはずです。しかし日本の感染症の専門家は欧米のエビデンスに従って行動制限およびワクチンを強力に推進していました。

ファクターXが何だったのか今となってはわかりません。日本もその後感染拡大によって罹患率、死亡率ともに増えましたが、新型コロナウイルスがその間にある程度弱毒化していったことを考えると、初期の段階で感染が他国と比較すればそこまで広がらなかったことは非常に大きな利点でした。

しかし、SNSでみた感染症の専門家は「色々検討がなされたがファクターXなるものは存在しない。行動制限とワクチンのみが感染拡大を広げる」として、コロナワクチン接種後特定の人に起きていた副反応の問題についてあまり取り合おうとしませんでした。素直にグラフをみれば流行初期のコロナウイルスの流行および死亡率は欧米と日本とで明らかに違っていたのに、それをPCR検査の頻度の問題などにして「エビデンスがないから存在しない」と言い切ってしまう専門家を見て、科学者としてありのままの事象を観察する能力が、EBMによって曇ってしまっていると思いました。専門家は行動制限とワクチンをできるだけ社会にプッシュしたかったので、ファクターXなるものをあえて無視したのかもしれません。予測の難しい因子の存在はたとえ好ましいものであっても、感染対策を立てる際には計算に入れない方が話がすっきりするかもしれません。

そして、専門家が欧米のエビデンスに基づいて行動制限とワクチンをプッシュする際、それが日本の社会に対しどれほどの恩恵があり、経済的コストがかかり、副作用として何が起こるか、ということが十分には説明されません。つまり社会に対し、これらの医療の「価値」を判断するための材料を提供していないのです。なぜなら彼らはEBM医学の専門家であり、専門外のことは知らないからです。

スタチンやコロナワクチンの例以外にも、欧米と日本とで「価値」が異なる医療は色々あるはずですが、EBMはこの部分については何も言えません。欧米と日本の差というのは人種の問題だけではなく、生活習慣や気質、食習慣などさまざまな違いの結果です。これは昨今提唱されている個別化医療とEBMとが本当に共存できるのか問題につながります。少なくともSNSでEBMを振りかざす医療者の鼻息が荒いうちは無理でしょう。

ところで今回脳卒中や心筋梗塞の死亡率の国別比較を例示しましたが、ひとつ言えることは、国が貧しければどの病気でも死亡率が上がるということです。したがって、疾患の死亡率を下げるためには何かの薬が救世主になるというよりも、まず国が豊かにならなければならず、薬や医療はあくまでその上に乗っかっているものに過ぎないということがわかります。

 

 

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