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ミイラ取りがミイラになる地域研究

[2024.01.07]

イスラエル・ハマス戦争について、日本でテレビに出演しているような中東研究者が言っていることと、海外メディアや海外在住の日本人などが言っていることがしばしば違うということがあります。ざっくり言って、日本の中東研究者は弱者の味方的でパレスチナ・ハマス擁護である一方、欧米メディアなどの見解ではハマスはテロ組織であるという認識です。

例えばイスラエル軍によるシファ病院突入の件や中東諸国のハマスに対する態度などについて、日本の専門家と欧米メディアなどとで説明が違っており、そのことをSNSで指摘されたある研究者はちょっと気がふれたのではないかと思ってしまうぐらい(本当に気がふれたとは誰も言っていない)逆上した挙句、SNSで舌戦を展開している状況です。日本のSNSでいくら戦っても多分中東情勢には何も変化はないと思いますが、そうすることが自分の使命であるかのようです。どういう使命なのか、というと、「日本国民に中東を正しく理解してもらう」ということなんでしょう、多分。よくわかりませんが。

どうして彼らがそのような態度になるのか、欧米メディアとは異なる主張をするのか、ということを考えていて思ったことは、日本の中東研究者が中東の思想にはまってしまっているからなのではないか、ということです。

ハマスや、そのタニマチのイランを見ていればわかるのですが、彼らは事実と異なる主張を平然とします。そこに小学生でもわかるような矛盾があっても意に介しません。なぜそうなのか、というと彼らにとっては自分の正義感やイデオロギー、宗教的な正しさの方が、混沌として秩序のない事実の羅列よりも価値があると思えるからです。突き詰めれば、いわゆる事実(ファクト)などというものは個人がそれをどうとらえるのかにかかっており、解釈の仕方でどうとでも説明できるから、ということでしょう。中東研究者の態度も、メディア報道の内容がどうあれ正義がパレスチナにあるとする点でやはりイデオロギーが優位にあります。

こういう現象(感情や個人の信念に対する訴えかけが事実に勝つ現象)が数年前の米国などでも顕著になったことから、意識高い系リベラルが嘲笑的に「ポストトゥルース」などと呼んで揶揄していましたが、「ポストトゥルースの時代が来た!」と煽っていたわりに、バイデンが大統領になったらその言葉も過去のものとなってしまいました。その程度のものだったんかい。

彼らがポストトゥルースと呼んだものは別にトランプ現象で始まったものではなく、より人間の本質に根差した事象であると考えます。SNSはそのことを可視化したにすぎません(その証拠に彼ら自身も実は結構やっています。そのことに全く気付いていないようですが)私はポストトゥルース事象にはまる人たちを反知性やバカだと言う人こそが、問題の根深さを理解できる知性に欠けていると考えています。ポストトゥルース的発信をしている中東研究者も、何も反知性だからそうしているわけではありません。私が言うまでもなく彼らは高学歴で大学でいいポストにもついています。

とりわけ中東は宗教および文化的背景からか、ポストトゥルース的事象は以前から普通にあったと思うのです。アメリカで起こったからみんなぎょっとしたんでしょう。関係あるかどうかわかりませんが中東は陰謀論も結構広まりやすいと聞いたことがあります。

中東研究者はアラブの人たちとの交流が深いと思います。アラブの人たちが大変温かくいい人たちで、イメージとは違いアラブの国ものんびりしていい国であり、欧米の不条理な対外政策のせいで色々苦しんでいるなどということを身をもって経験しています。また、テレビに出ている中東研究者は男性が多く、中東社会では学者として尊敬をもってもてなされたでしょう。イスラム教も勉強すればするほどゆがんだ欧米社会へのアンチテーゼとなりうる素晴らしい思想であることもわかるし、女性だって本当はちゃんと尊重されている、この素敵なイスラムの教えをもっと広めることこそが我々学者の使命なのではないか、などと思っても全く不思議はありません。素晴らしい思想に巡り合った時、人はそのイデオロギーの徒になります。

そういう彼らの思考には、アラブ世界に知己がない人間がアラブ社会でどのように思われ、扱われるかという視点が欠落しています。また、女性がアラブ社会においてどういう扱いを受けるかということは、おそらく女性でないと実感としてわかりません。彼らの思考が基本プロ中東(説明は省きますがこのため必然的にプロパレスチナ・ハマス)ということは、それはそれで悪くはないのかもしれませんが、我々日本人が中東を理解したいと思った時に、発信者によるバイアスは不要であるということは言っておきたいと思います。むしろ中東の思想を理解しつつもそこにはまらず、一歩引いた視点で説明できるような人物が必要です。

中東研究者が指摘するように、欧米メディアも偏向していることは多々あります。そういうものとして読むしかないのですが、メディアを読むときに鍵となるのが、やはり事実について述べられている部分です。ここを否定してしまうと依拠するものがなくなります。その意味で、私は中東研究者の説明よりも欧米メディアの事実に関する記述がより正しいと思っています。そして、大学教授のような社会的地位のある中東研究者がSNSでドンパチを続ける神経が合理性・生産性という点で普通の日本人からするとやはりちょっと理解しづらく、これも中東かぶれなのかな(本当の中東の人はむしろやらないかも)、と思って見てます。

日本人はそこまでイデオロギーが強くない分、他の国よりは少しだけポストトゥルース現象(この言葉もあまり使いたくないのでこの文章をもって終了します)は生じにくいかもしれません。それがいい所でも悪い所でもあります。

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