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活鯉を食べる

[2023.12.26]

関西に住んでいたころ、玄米菜食に興味を持ち、大阪の正食協会に通ったことがあります。当然のことながら玄米菜食のメニューが中心のクッキングスクールなのですが、一度だけ「鯉こく実習」みたいなものがあり、そこで鯉こくを生まれて初めて食べました。

鯉を活で仕入れて生徒の目の前で絞めたあと、内臓も含めて全部味噌煮にするというものですが、はっきり言って少ししか食べられないほどまずかったです。しかし、自ら包丁で生き物の命を奪い、いただくという一連の見せ場の後で「まずい」などと言おうものなら多分20分ぐらいお説教されると思ったので黙っていました。まあ薬だと思えばいいのでしょう。

生き物の命はスーパーに売っている普通の魚を買うだけでも奪っていますし、原理的には野菜を採って料理しても野菜の命を奪っていますが、「目の前で命を奪うことも含めて食の教育を行う」のが講座の主眼です。そういう食の道徳的な要素も盛り込んでいるのが日本の玄米菜食だと思います。

インドで菜食主義をしている人の発想としては、「足のついている動物は逃げるから食べない、植物はその場にいて食べられることを待っている」ということのようですが、子供の頃からそういう教育を受けてきたならともかく、普通の日本人でこれをすんなり受け入れられる人がいたら菜食で行を積む前からなかなかの寛容ぶりです。

ともあれ、玄米菜食において鯉は数少ない動物性食品であり、独自の位置づけを持っています。

薬膳とマクロビオティック(ここでは玄米菜食を指す)には色々な違いがありますが、陰陽の判断は色々逆になっていて、鯉の場合

薬膳:補陰

マクロビ:補陽

の性質を持ちます。陰陽というのは相対的なものなので、全体がどうあるかによって変わるものですから、これはどちらが正しいとか間違っているとかいうものではありません。

薬膳の場合鯉は平性で、利水消腫、止咳通乳効果があるということになっています。産後母乳が出ない女性に日本でも伝統的に用いられてきた経緯があります。栄養状態がよくない昔の時代であれば、相応の薬効があったことでしょう。

玄米菜食については、色々勉強した結果、炎症性疾患の方が一定期間行う分にはよいかもしれないというのが個人的見解です。健康な人が美容のためとか健康のためとかで長期間行うべきものではありませんが、自分の食を見直すきっかけになるかもしれないので、短期間やってみる分にはそれほどの問題はないと思います。個人的にも、現在はマクロビではなく薬膳の発想に従って食を考えており、その方が理屈に合う所が多いと感じています。

さて今回、某サイトで活鯉を売っていたため、何気なく買ってみました。相方はあまり乗り気ではありません。

中国では川魚を食べることが多いようですが、それは内陸では海の魚の入手が不便だからで、日本には美味しい海の魚がたくさんあるのにどうしてわざわざ川魚を食べるのか、ということのようです。まあ確かに。

それでも買ってしまったので調理します。たっぷりの水とともに活鯉が届きました。こんな繁忙期に宅配便の方にはご迷惑をおかけしてしまいました。

出してみるとものすごく元気です。絞めるのはそこそこ大変です。神経締め(の真似)とか色々やりましたが結局頭を落としました。苦痛なく死んでくれたらその方がよかったと思いますが、鯉に感想を聞くこともできません。

頭を落としても、頭も身も元気に動いています。正確に数えていませんが30分ぐらい動いていた気がします。活け造りにしたらいかにもなピチピチ感が演出できそうですが、川魚を生で食べるなんて怖いことはできません。

ちなみに相方は昔、鯉を絞めたあと唐揚げにしようとしたら、油の中でピチピチ元気に動いてしまい、揚げ油が床に大量にはねてさんざんな経験をしたそうです。怖すぎる。しかしこの元気さ(=陽気)が、マクロビ的にはとても重要なのだと思います。

言い換えると、マクロビは絞められる前の鯉のエネルギーも含めて「補陽」であるとし、薬膳はあくまで絞められた後の食品として「補陰」と言っていると思います。

しばらく放置したあと糖酢魚にしました。多分マクロビならピチピチ動く状態で調理した方がよいはずです。

中国の鯉とちがい、日本の鯉は臭みがそれほどありません。

しかし食べた時にわずかに特有の臭みがあります。どういう臭みかというと表現が難しいのですが、個人的には、煎じ薬で阿膠の入っている処方を飲んだ時とか、レバーを食べた時とか、そういう時と似た感覚がありました。うまく言えませんが微妙に気持ち悪く何かが補われた感じ(で分かる人は多分ほぼいないと思うが)で、個人の感覚としては完全に補陰の食材だと思います(注)。自分は明らかな陰虚というわけでもないのですが、陰虚の人には体に合う食材なのではないでしょうか。ただしそこを除けば、糖酢魚ということもありそこまでの臭みはありません。

脂が少なくあっさり、骨も多いので食べにくいですが、それほどまずいということもなく、体によいと思って食べるとありがたみがあります。相方は「それみたことか」という顔をしていますが、「まあ思ったほどまずくはなかった」とのこと。日本の鯉なら糖酢魚でなくてもよかったのかもしれません。もっとおいしく調理できる人もいるでしょう。

この記事を読んで「よし鯉を買って料理しよう」と言う方はそれほどいらっしゃらないかもしれませんが、薬膳メニューに挑戦したいという方にはおすすめの食材と思います。

(注)阿膠やレバーでは補血剤ではないかとツッコミを入れた方もいらっしゃるかもしれないので書いておくと、ここではあくまで広義の補陰の食物という意味です。鯉の中薬としての陰陽についても、広義では補陰、という意味なのでご了承ください。

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