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美容医療は医療なのか

[2023.10.28]

医療行為には大きく分けて2つの種類があると思っています。一つは、人の命を救うため、もしくは健康に資するためのもの、もう一つは、できる範囲で患者さんの希望を叶えるものです。

前者はたとえば癌の手術です。「手術はやりたくない」という患者さんにも、時には説得して受けてもらう場合があります。

後者の例は色々あります。例えば、睡眠薬が体によくないのは自明ですが、他の手段で不眠が解決できない場合は処方します。(不眠症を疾患と考えるかどうかは他の症状の有無で変わってきますが、例えば交代勤務で寝る時間が一定しないような人にも、時間の都合をつけるため睡眠薬を処方することがあります。)

昔の職場の同期で「僕は睡眠薬は処方しない」と断言している人がいましたが、現実問題としてなかなかそうもいきません。

もう一つ例えば、認知症の周辺症状に抗精神病薬。これも、患者さんの死亡率を上げるほか、色々な問題があるものの、やむを得ず処方することがままあります。これは本人の希望というより家族や施設の要望で処方したりもします。

他、より体の侵襲が大きいものとして、中絶手術。倫理的に問題があるもののやらざるを得ない状況もあるでしょう。

性別適合手術も、体への負担は大きいはずですが、本人の意思を尊重して行う場合があります。この場合「本人の希望で行う」としてしまうとさらに倫理的に問題が生じるため、「性同一障害」という疾患概念を用いて手術を正当化します。

このように、「患者さんの希望で行う医療処置」はしばしば各種倫理的問題に抵触する可能性があるため、倫理に抵触しない範囲を守って行う必要があります。日本の場合保険医療制度という便利なものがあり、医療行為の倫理的整合性まで保険が通るかどうか問題に落とし込んで判断してしまっているような所さえあります。

ということは、保険の効かないカテゴリーの医療行為になると、この倫理的整合性が失われやすいということになるのです。

美容医療は保険が効きませんから、患者様はお客様であり、基本的にはお客様が何をやりたいのかに沿って医療行為が組まれることになります。

問題は、お客様は美容医療の素人であり、何をどう受ければいいかについての知識がないということです。そのため大手美容外科ではアドバイザーを置いてカウンセリングを行っていますが、カウンセラーが儲け主義だった場合、適切な判断ができるのか微妙です。

美容外科には色々な施術メニューがありますが、効果の判定は担当医というより自分が見てどう思うか、という所であり、外科手術などを除いては、医師は意外なほど施術の効果についてのフォローアップをしません。つまり、自己満足のための医療行為であるという側面が大きいのです。施術メニューも色々あるようで実際には効果が薄いものも結構あり、医師やアドバイザーの言われた通りにして失敗しないように、事前に調べてから行く必要があります。

一部の良心的な美容外科の先生が、あまり効果のないものについて解説する動画も最近増えてきました。よいことだと思いますが、美容医療のイニシアチブが患者側にあるという根本的な問題が依然残っています。とくにお客様が子供や未成年だった場合、本当に適切に施術の適否を判断できるのかどうかわかりません。良心的な医師が「その施術はあなたに向いていない」と言っても、施術をしてくれる他のクリニックに行って施術を受けてしまう可能性もあります。

施術の成否が個人の美意識に拠っているためしょうがないといえばしょうがないですが、今の所この問題の解決策としては、「その人の健康に資するかどうか」「その人が施術を受ければ客観的に見てもっときれいになれるか」という価値観をきちんと持っている美容外科医のカウンセリングを受け、「向いていない」と言われたら素直にあきらめて他の方法を検討するぐらいしかないと思います。

近年、医療のサービス産業化に伴い、「患者さんの希望にこたえる」医療が当たり前の時代になってきた結果、患者さんが無理な要求を通そうとする案件もしばしばみられるようになりました。風邪に抗生物質を要求する、睡眠薬の処方を要求する、自分の利益に見合うような内容の診断書を要求する、コロナ治療薬の適応では全くないが心配なので処方を希望するなど、こうした要求に対し医師が時には怒鳴られても断らないといけない理由は、倫理的にできるだけ正しいと思われる判断をするべきだからです。そこが崩れてしまうと、「患者さんの健康に資するため」という医療の大前提が崩れてしまいます。

とはいえ前者だけ、「患者さんの救命もしくは健康に資すること以外は一切やりません」という態度になると医療は完全にイデオロギー化します。血圧を下げるために患者さんに減塩と運動を命令、守れない人は診察しません、禁煙できない人には薬を出しません、コロナで自粛しないような人は病院に来られても困ります、食事制限できない糖尿病は病気になって当然でしょう、ぐらいならまだしも(それでも結構ひどいけど…)、「性別適合手術は医学的には必要ないものですから反対です」などになるともはや反LGBTのようになってしまいます。アメリカの医師なら中絶反対とかLGBT反対とか主張してもいいかもしれませんが、日本の医師はもう少しイデオロギー的に無色透明でいたい人が多いはずです。なぜ無色透明でいたいのか、という所に日本人なりの価値観や倫理観があるはずで、それを、保険が通るか通らないか問題にすり替えるのは本当はよろしくないのです。

臓器移植や高齢者の延命治療など、高度な倫理的判断を要する医療の問題というのは色々あり、今後さらに増えていく可能性があります。これらの倫理的判断の是非は、ある程度個々の医師に委ねられ、おそらく完全に統一することはできません。私はそれでよいと思っている人間ですが、医療職全体である程度のコンセンサスは必要とも考えています。

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