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塩ビジネス

[2024.06.27]

少し前に料理研究家の樋口直哉さんのyoutube チャンネルで塩の話をしていましたが、腑に落ちたのは「塩の味を決めるのは塩の品質というより主に形状であり、溶かしてしまえばどんな塩でも味の違いはそれほどない」というもの。樋口さんはこの件で記事も書かれています。

つまり、天ぷらやステーキに添える塩などは少しこだわっていいものを選んでもいいでしょうし、プロのレベルで下ごしらえで食材に塩をしたりする時には形状の違いで使いやすさが変わってくるでしょうが、通常の調理で使う塩はスーパーで売っているような安いもので十分ということです。たとえば煮物を作った時に、安い塩とゲランド塩を使った時の味の違いがわかる人は実はあまりいないはずです。私も調理用は普通の塩にしています。

塩は基本の調味料であり、人間に必要不可欠なものです。普通の塩はとても安価なものですが、最近はいかにも高級そうな、シンプルな赤身牛ステーキにふりかけただけでステーキの味がぐんと上がるような、そんな魔法の調味料を連想させるパッケージの高級塩が出回っています。値段は普通の塩の10倍くらいです。しかし塩は塩なので、肉や焼き方が悪ければ当然のことながらステーキはそれほどおいしくなりません。最近は塩ソムリエなる人もいて、海塩と岩塩の違いについて聞けば詳しく説明してくれると思います。塩を単独でそのまま食べたり、きゅうりにつけて食べるなどであればそれらの味の違いははっきりわかるでしょう。

少し話がそれますが、「精製塩は体に悪いが天然塩は体にいい」という説があります。たとえばこの記事などがそうです。天然塩が体に良い根拠として、天然塩にはミネラルが豊富に含まれており、たとえば天然塩に含まれるカリウムは腎臓でナトリウムの再吸収を阻害し、血圧を下げる効果があるなどというものです。ナトリウムとカリウムのバランスは大事だと思いますが、たとえばある天然塩100gに含まれるカリウムは859mgです。ちなみにWHOが推奨するカリウム摂取量は1日3510mgです。1日の塩分摂取量を10gとしても塩からだけでは全く足りません。何が言いたいかというと、別に塩でカリウムを摂ろうとせずに普通に食材で摂ればいいのではないかということです。また、天然塩を食卓で使ったとしても、醤油やみそなどの調味料や加工食品類が精製塩で作られていればむしろ塩分のリソースは後者が主になります。すべてオーガニックショップで選んで買えば摂取する塩分を天然塩で揃えられるでしょうが、結構なお金を日常の調味料に使うことになります。それができる人は限られるでしょう。

天然塩は精製塩より口当たりがよく、ちょっと舐めると優しい味がします。なんとなく体に良さそうですが主成分は塩化ナトリウムなので、精製塩と同じです。塩分摂取と血圧の関係についてはかなり色々な議論がありますが、少なくとも食塩感受性高血圧の方については塩分の取りすぎと血圧上昇に因果関係がある他、心疾患や腎疾患については塩分制限が推奨されます(リソース多数のためご興味のある方は調べてみてください)。高血圧と心疾患、腎疾患は私見では一連のつながりがあると考えます。心機能や腎機能が低下しやすい高齢者において塩分の取りすぎはやはり良くないと言えるでしょうし、より若い方でも、長期的な視点から減塩が必要な人は多いと思います。ご高齢になってから塩分制限をしようと思っても難しいこともあります。(急に厳しい塩分制限をすると「味がない」と言って食事がとれなくなるご高齢の方もいらっしゃるので、塩分制限をほどほどにした方がいい場合もあるでしょう)

「天然塩は体にいい」と主張する記事をネットで色々読みましたが、「天然塩はミネラルを含んでいるから体によい」「天然塩のカリウムが血圧を下げる」というものが多いです。つまり、天然塩推しの人は「血圧が低い=健康」という図式を頭の中に持っています。しかし本当にそうなのでしょうか?低血圧の人が健康かということを考えればすぐにわかる話ですし、血圧が多少高めでも元気な人は、健康の定義をいったん予防医学的観点から切り離せばやはり健康と言えます。元気に過ごすことが何よりの目的であり、血圧はそのために管理すべき指標のひとつにすぎません。

また、WHOが推奨する成人の食塩摂取量は一日5g未満です。一方、日本人の平均塩分摂取量は10g以上です。天然塩を推奨する人達の中には「減塩すると危険」と主張する人達もいますが、夏場に大量に汗をかいた状況などを除き、多少減塩したところで大きな弊害はなさそうです。ちなみに欧米の塩分摂取量は6~9gぐらいとのこと。その割に本場のナポリピザもアメリカのピザもしょっぱいような気もしますが、主食がパンなのと、主食とおかずの概念がおそらく日本とは違うことが、日本より少ない塩分摂取量の理由かもしれません。

ここまで色々書いてきましたが、それでは、一部のお医者さんも含め、「天然塩推し派」がなぜ存在するのか、を考えたときに、真っ先に思い浮かぶのが食養の発想です(ここでは食養をマクロビオティックと同義とします)。食養においては塩は陽性食品で、しっかり塩をとらないと元気が出ないとされます。食養でよく出てくる梅醤番茶やごま塩などの陽性食品はしょっぱいものです。食品に治療効果があるというのが食養の主張であるため、ただの赤キャップの食卓塩ではありがたみがないということではなく、やはり天然のものにパワーがあるということで必然的に天然塩推しとなります。(普通の精製塩も海から採れたものではあるんですが)

実際、「塩を控えたら元気が出ない」という方に時々出会います。「血圧を下げると元気が出ない」という方もいるので、塩分を控えて血圧が下がったから元気が出ないのか、食養の人達の言う陰陽のバランスの崩れで元気が出ないのかははっきりしません。ただ慣れの問題であることもあるため、ある程度は日にちが経てば問題がなくなる場合もあります。食養の人達は食事を変えてすぐに体に起こる変化を重視する傾向があると思うので、「塩を控えたら元気がなくなった」と聞けば「ほらやっぱり塩を控えない方がいいのだ」になると思います。

ちなみに頭が混乱すると思うのでサラッと流していただきたいのですが、マクロビオティックと発想が色々違う中国の薬膳では、塩はむしろ寒性の性質になります。このあたりの話は長くなるので割愛します。

経験したことのある方はわかると思いますが、食養で玄米菜食をやってみると、体がすっきりして頭もすっきりします。「体にいいことしている」実感があります。玄米菜食は基本よく噛んで小食なので胃腸を休めることもでき、酒もコーヒーも基本禁止ですから、それだけでもすっきりします。そして優しい味わいの菜食のおかずたち。日本人に生まれてよかった感謝の念すら起きます。しかもエシカルです。地球に感謝されている気がします。ああよかった。

問題はこの最初の成功体験で「玄米菜食は素晴らしい」と思った人たちが玄米菜食を続けることで、健康上のトラブルを起こす場合があるということです。明らかなトラブルがない場合でも、厳密な玄米菜食の実践者は元気ですが、色黒になったり、どこか老けてみえるなどの外見の変化が出る場合もあります(黒=腎経に入る塩を思いついた方は相当な漢方マニアです)。

何を思い出すかというと、明らかな病気ではないけど健康のために漢方薬の補剤をたっぷり飲んでいる人。補剤を適切なタイミングで飲めば体調がよくなりますが、その成功体験と、なんとなく体によさそうという理由で続けて飲む人がいます。確かに元気そうに見えるのですがなんかカラ元気に見えるという感じで、私は人間の体力の根本となるのはやはり「陰」の部分、つまり食事や養生で養われるものであり、漢方薬はたとえ補陰薬であってもその効果は限定的と考えています。玄米菜食の人にはこの「陰」の部分が慢性的に足りず、そのこと月経不順や脱毛などを起こしたりします。中医理論と異なってしまいますが、塩を補陽剤と考えるのであれば陽を補いすぎており、その陰陽のバランスを補正するための食養理論も、指導者の考えによる所が大きく客観性に欠ける場合があります。私見では陰をしっかり補うものはやはり動物性食品、とくに肉類なので、玄米菜食で時々鯉こくを食べるぐらいだとやはり足りません。食料の少なかった時代は仕方がなかったかもしれませんが、現代であり、より健康に高齢まで過ごすことを考えると、やはり動物性食品をある程度摂った方がいいと考えます。

話が大きく脱線しましたが、そういう食養の理論のもとに天然塩推しがあるということで、個人的にそれには賛成できないというのが今回の結論です。ただし、塩は人間に不可欠なもので、かつ調理のみならず食品の保存やお清めその他、敵に塩を送るビジネスなどさまざまに活用されてきたものですから、急に敵扱いするのはあまりにご都合主義ではあるでしょう。どこかの大自然で採れた高級塩はそんな塩へのリスペクトを思い出させるものではありますが、ビジネスはいつでも私たちに夢を見させるものであり、「天然塩は体にいい」という文言もそのうたい文句の一つであることは留意した方がよいと思います。

天然塩うんぬんを抜きにして「塩は健康によいか?」という質問にざっくり答えてくれるのは、一つは家森幸男さんの「世界最高の長寿食」です。塩分摂取量の少ない地域の方が長寿という内容ですが、これには塩分摂取の問題だけでなく、塩で保存しなくてよい新鮮な食糧が豊富かどうかや、気候や文化などさまざまな要因があるかもしれないとも思いました。

記憶に残るものでもう一つ印象的なのは、反面教師ですが「世にも美しいダイエット」。塩分をかなり多く摂取するこのダイエットで効果を実感している人もいるようですが、本を書いた方は51歳で亡くなってしまいました。勿論これは極端な例であり、ほどほどに摂取するのがよい、という当たり前の結論が導かれます。

ダイエットを始めた当初、著者の方はすごく元気になったそうです。成功体験がはっきり出る食事療法というのは、むしろより注意深く行うべきなのかもしれません。

 

 

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