ナチュラルホルモン補充療法は安全か
前に記事でも書きましたがyoutubeをよく見ています。前の記事に書きませんでしたが最近お気に入りのチャンネルがまたできました。「大人の学び直しTV」と「ムカイワンダーランド」。色々面白いチャンネルが見つかるものです。見つけることができて良かった!ということでこの記事でもシェアさせていただいています。
ところで最近あるチャンネルを見ていて、たまたまナチュラルホルモン補充療法を受けている方のお話を聞きました。更年期障害の治療としてホルモン補充療法は有効ですが、どうしても副作用の問題があり、更年期障害のように数年以上続くものの場合長期服用が前提となるため、医薬品として合成された女性ホルモンよりも「ヒトの体に存在する天然のホルモン」を、その方のホルモンバランスに応じてカスタマイズして処方するというものです。日本でもいくつかのクリニックさんが導入されているようです。当然のことながら処方されるホルモン剤は医師の個人輸入によるもので、日本で承認された医薬品ではありませんし、保険診療の適応外となります。
日々診療をしていると更年期症状が辛いという方にはたくさんいらっしゃることがわかります。youtubeチャンネルでこの方のお話を聞いて興味を持たれた方も、もしかしていらっしゃるかもしれません。
このナチュラルホルモン補充療法は日本で導入しているクリニックは少ないですが、米国では80年代ぐらいからすでに医薬品の開発などが行われており、ある程度の歴史があるようです。情報としての信頼性はともかくwikipediaの記事は結構細かく書かれており分かりやすいです。
米国の記事を色々検索してみると、ナチュラルホルモン補充療法を支持している医師の記事と、ナチュラルホルモンに懐疑的な記事とが混在しています。個人的に読んでいて同感だと思ったのが、healthlineの記事。そのほか、medical news todayの記事やmayo clinicの記事にもほぼ同じことが書かれていますが、要は「ナチュラルホルモンだからって安全とは限らない」ということです。
賛成派の人は、ナチュラルホルモンは物質の構造が天然のホルモンと同じだから体の拒否反応が起こりにくいというのですが、別に普通の合成ホルモンだって人体に拒否反応は起きません。服用すれば普通に女性ホルモンと同じ反応を引き起こします。そもそも拒否反応とは何でしょうか?彼らが「副作用=拒否反応」と思っているようでしたらそれは誤解です。女性ホルモン剤を投与されたときにおこる副作用は、正しくホルモンの効果が人体に発揮されるからこそ起こるものであり、それは拒否反応ではありません。なので天然、合成に関わらず、効果を発揮するぐらいまで量を上げれば副作用は同様に出るだろうというのが先ほど挙げた記事の専門家たちの見解です。
血液検査や唾液検査をして、その方のホルモンバランスに合ったカスタムホルモン剤を処方するというのですが、人体に存在するホルモンはたくさんあり、その中の一部のホルモンだけが米国で承認されているようです。それらのホルモン剤は単剤で承認されており、このカスタムホルモン剤については承認されていません。
個人的にもすぐに思ったのは「随時採血で日々変動するホルモン値の正確な不足量を評価するのはちょっと問題ではないか?」ということです。薬の処方につながらない測定であれば、参考値としての価値はあるのかもしれませんが、問題はその随時採血のホルモン値に基づいてカスタムの配合が決められてしまうということで、結果として特定のホルモンについて、カスタムホルモンの継続服用により過量となってしまう可能性があります。たぶんですが、米国のナチュラルホルモンメーカーは訴訟リスクがありますから、安全性に問題がないように、できるだけホルモン摂取が過剰にならないように、少ない量を配合して作っているのではないかと思います。結果、ホルモン剤としての効果がそもそも弱い(もしかして有効量をだいぶ下回っている)ものであれば、副作用も出にくいため、服用した人が「副作用も全然出ないし自分に合っている」ということになるわけです。
ご本人が納得されているならそれでもいいのかもしれませんが、高いお金を払い通院の手間もかかるわけで、個人的には自分のクリニックではやりたくないと思いました。
そもそもそんなにナチュラルホルモンが副作用も少なくていい薬なのであれば、日本でとっくの昔に承認されて、婦人科医で広く処方されているはずです。更年期の人に普通の女性ホルモン剤を処方する医師だって副作用は起こってほしくありません。
保険適応外の薬を服用するということについてはリスクもあります。万が一重篤な副作用が起きても医薬品副作用救済制度の適応になりません。そもそもナチュラルホルモン剤の至適容量が分からないのと、ホルモン剤以外に他のサプリメント成分などが入っていないかなど、副作用が起きた時に紅麹サプリの時のような「分からない問題」が起きてしまいます。更年期障害でホルモン補充療法をやるのであれば、副作用について十分理解した上で、日本で承認された合成ホルモン剤で治療を受けるのがおすすめです。
また、youtube動画の中でお話されていた方が「ずっと普通の女性ホルモン補充療法を受けてきたが長期服用で副作用が心配になったのでナチュラルホルモンを服用するようになった」と言っていましたが、先ほどのmedical news todayの記事を引用するとFDAは"A person should take all forms of hormone therapy at the lowest effective dose for the shortest possible time."との見解のようです。ナチュラルホルモンだったら長期に服用しても安全という根拠はありません。むしろ個人的にはこういう誤解による副作用の発現の方が心配です。そもそもホルモン補充療法は自然の治療ではありません。ホルモンを補充しないのが一番ナチュラルな状態です。
日本でナチュラルホルモンをお勧めしている方のブログも見ましたが、「副腎疲労」というワードが出てきたので、ああそっち界隈の人が興味を持っている療法なのね…と納得。その方に「ホルモンを補充しないのが一番ナチュラルな状態」とか言っても多分無視されるでしょうけど。
「破門」というドラマでやくざ役の北村一輝が「体にいいタバコ」と言ってアメスピを吸いまくっていましたが、一瞬その場面を思い出しました。あと「赤ワインが健康にいい」というのも、確かに真実をある程度含んではいるものの、そもそもワインに含まれているエタノールが健康によくないため、要するにマーケティング用語であったということは現在広く知られています。
ということで、ナチュラルホルモンについての個人的な感想文みたいになってしまいましたが、「自分のクリニックではやらない理由」を書いてみることにしました。
とはいえ更年期で悩む人は多いです。治療もすべてに方にベストというものがなく、個別化医療がかなり必要とされるものだと思いますが、それだけに色々な「療法」が出てくるものです。皆さん、気を強くして更年期をやり過ごしましょう。