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遠野なぎこさんについて思うこと

[2025.07.09]

女優の遠野なぎこさんの自室から遺体が見つかったとのニュースが出ました。ご本人であることは間違いなさそうですが、お亡くなりになった原因は今のところ不明とのことです。(追記:その後家族により事故死であることが発表されましたが、事故死に至った経緯などを考えた上で、以下の文章について大きな変更点はないのでそのまま掲載します。)

私は遠野さんをそれほど知っているわけではないのですが、以前より摂食障害、強迫性障害、うつ病などで精神科に通院しており、苦しい気持ちを綴ったブログ記事が頻繁にネット記事になったり、ガリガリに痩せてしまった姿がアップされたりしていたのは知っていました(あまりに痛々しくて見るのが辛かったのであまり読んではいませんでした)。

摂食障害の治療の困難さについては東洋経済の記事にまとめられているのでよろしければご参照いただければと思います。私も以前摂食障害の患者さんを精神科に紹介しようとしてあちこちで断られた経験があります。特に拒食型でるいそうの強い人は大変です。普通の精神科では患者さんの身体的併発症を管理できません。それにも関わらず身体の状態が精神状態に影響してくるため、精神的にかなり不安定になっていて、一般病院でも治療が困難です。ゆえに、今回の遠野さんのお亡くなりになった原因も自殺なのか、身体合併症によるものかもはっきりしません。本当はできれば、死因が明らかにならなければいいと少し思っていたりするのですが、そのうち明らかになるでしょう。

youtubeで遠野さんの

">過去のインタビュー動画が出ていたので一通り見ました。幼少期の親からの精神的及び肉体的な虐待、仕事のストレス、繰り返す結婚と離婚、精神科通院、摂食障害による過食嘔吐…など色々なことを赤裸々に語っていました。それを見た感想を書いてみようと思います(なので、ある程度動画の内容を知らないと以下の文章はちょっとわかりにくい所があるかもしれません。何卒ご了承ください)

はじめに思ったのは、遠野さんはご自身のことをとてもよく把握されており、なぜ彼女がここまで病んでしまったのかについて、とても冷静に分析されていたということです。しかしそれにも関わらず、精神的には不安定なままでした。病気についてよく知る、自分についてよく知るということは、治療にはなっていたかもしれませんが、必ずしも治癒と結びついていなかったということがわかります。

(両親からの虐待の影響については勿論かなりあるのですが、これについて書くと収拾がつかなくなるので、以下は女性と摂食障害というテーマに話を絞って書こうと思います。)

医師は色々な病気について、ステレオタイプを持っているものです。摂食障害についていえば、全ての摂食障害がそうというわけではないのですが、ステレオタイプの一つに「綺麗で生活も華やか、男関係もわりと派手、学校の先生には完全に睨まれるタイプ」というのがあり、遠野さんはこのタイプの典型だと思います。美人で職業は女優、数回の結婚を繰り返しているあたりで、傍目には美人で女優で男にもてて羨ましいと思う人もいるかもしれないのですが、芸能界の仕事も何人かの男性関係も、繊細な人にとってはすごく精神的な負担が大きいもののはずです。それにもかかわらずそれしか寄り処がなかったということです。

ふと思い出したのですが昔話題になった殺人事件の被害者の東電OLも、(美人だったかどうかは知りませんが)大企業の幹部職で高収入という華やかなキャリアなのに売春婦で、身持ちが緩かったのですが、やはり摂食障害でした。東電OLがなぜ極端な二重生活を送っていたのかを考える時に、個人的にはこの摂食障害という要素も当然影響していたのではないかと思っています。

私が若かったころ(遠野さんが若かったころと少し重なる)は痩せることに対するプレッシャーが強く、素敵な服はみんな9号以下で可愛い子はみんなスリム、ちょっと太ると平気でデブと言われるのに痩せようと思うと医学的にかなりまずい方法しか雑誌に載っていないという、現代に生まれたら良かったなと真剣に思うぐらい昭和な時代でしたが、今でも摂食障害に苦しんでいる若い人は結構いるようです(よく考えると昭和のアイドルは今のアイドルより少しふっくらしていました)。若年女子の摂取カロリーが栄養失調レベルということが言われているようですが、女性の痩せ願望、というか周囲からの圧はいまだに高いようです。中世ヨーロッパのコルセットや中国の纒足のように、まるで盆栽のように女性の体を自然の状態からリモデリングすることは、昔ほど残酷なものではなくなったにしろ、現代でも悪気なく引き継がれているようなところがあります。今は美容医療という新たな盆栽の技法ができたので、むしろできることが増えた感もあります。

芸能人について言えば、昔のアイドルがちょっと太ると「劣化」、ちょっと年取ると「劣化」、そうした視線を気にして美容医療に行くと「整形モンスター」…そうしたことを、このポリコレ全盛のはずの現代で、男だけでなくフェミニズムな価値観を規範とするはずの女性ですら、悪気なく平気で口にするのです。芸能人は容姿が商品だから…でも、そうした目線というのは、実は芸能人にだけ向けられているものではないのです。そう考えると実はほとんどの人が自分の外見にコンプレックスを持ち悩んでいる理由が、周囲からの視線であるということがわかります。

一般の人ですらそうなのですから、遠野さんの受けているプレッシャーが相当なものであったことは容易に想像できます。まして遠野さんは小さい頃、母親に容姿をけなされて醜形恐怖症になっていたようなので、年齢を重ねて容姿が変化していくことに本当に耐えられなかったのだと思います。年齢を重ねれば人としての別の魅力が出てくるとか、容姿だけが女性の魅力ではないとか、それらのことは真実ですが、その言葉に心から納得するためにはこれまでの生き方そのものを洗いなおさなければならず、それが自己のこれまでに対する否定であると思ってしまった瞬間、「容姿だけが女性の魅力ではない」は単なる慰めの言葉にしかならなくなってしまうかもしれません。遠野さんがどのような心境であったのかはわかりませんが、こういう状況であればすごく苦しかったと思います。女性とは一体何なのか。容姿だけが自分の魅力ではないとしても、私は内面もボロボロ、そしたら私の魅力なんてどのみちないではないか、という感じです。

遠野さんは自身のブログで、またはさまざまなインタビューで、自身の壮絶な過去と現在について赤裸々に語っていました。出会い系で若い男と…とかの発言に引いてしまう人もたくさんいたでしょうし、逆に特に女性で精神的に不安定な人や同じ摂食障害の人には共感を持って見られたかもしれません。摂食障害の人はしばしば自己表現が苦手、相手に自分の気持ちを伝えるのが苦手、言葉での表現苦手などと言われ、きちんと自己表現できるようにすることを治療の一環として指導していることがありますが、そういう意味では遠野さんはとてもよく自己表現されていました。しかしこの自己開示と、それがネット記事になって出回ったことが治療になっていたかというと、そうであれば今の状況はなかったという結果になっています。

なぜならいくら言葉を尽くしても、言葉の向こうにいる相手に本当に理解されていなかった可能性が高いからです。それは言葉の受け手が同じ病気の人であったとしてもです。同じ病気の人は彼女の境遇に自己を投影しているだけであり、彼女自身を理解しているとは限りません。少なくとも「理解してもらえた」と納得できることが彼女にある程度あったとしても、それはある程度にとどまります。人は多面的でいくつもの顔を持っています。ある面を完全に理解してもらえたとして、それはどこか静止画のようなもので、本当の自分かと言われると違和感があるものです。

遠野さんは病気をよくしたいとは思っていたかもしれませんが、自己開示によって治療を目指していたのかというと、それは違うような気がします。むしろ正しく理解されるということは諦めてでも、誰か同じような悩みを持つ人の助けになればいいなと。動画のコメントを見ると実際に救われた人は多かったようで、そのことは遠野さんにとっても励みにはなったかもしれません。ただ、それも諸刃の剣のような所もあり、感情が不安定な状態ではどちらに転んでしまうのかの判断が難しい所もあるかと思います。

精神科に通ってきちんと服薬もしていたのに治らなかったことについては驚きはなく、いくつもの病名がついていたこともよくあることだと思います。精神疾患は診断基準を満たせば病名が付きます。眠れなければ不眠症、不安なら不安障害、強迫行為があれば強迫神経症、そしてそれらの根拠は、患者さんの発した言葉からなされます。しかし患者さんの発する言葉を言葉通りに取って良いのか、言葉以外の所から読み取れることを斟酌するべきではないか、いくつもの病名をつけた場合それらにどのようにして整合性をつけるのかなど、精神科の診断についてはまだ色々検討するべきことがあると思っています。私は摂食障害で強迫神経症でうつ病、摂食障害で強迫神経症でうつ病の私、そんな私は何?という問いに臨床は答えることができていません。

幼い頃の虐待の傷は一生治らないものなのでしょうか?そしてそれは呪いのように人生を台無しにしてしまうものなのでしょうか?

遠野さんは虐待を受けましたが、お母さんももしかしたら、家庭環境が複雑だったかもしれません。そしておばあさんも、そのまたお母さんも…家族の問題は引き継がれていくものであり、今生まれてきた私たちはその問題を解決していく役割を担っています。そのためには客観的に家族の軌跡を見ていく必要がありますが、自分の肉親であり、直接自分を虐待した人物であれば、このこと自体とても難しいことかもしれません。

これはあくまで私見なので与太話として読んで頂きたいのですが、遠野さんにいればよかったのは、カウンセラー的な役割を持つ男性だったのかもしれないと思います。ただし遠野さんのパーソナリティーによっては男性はかなり振り回されてしまうので、相当の覚悟で付き合わないといけないことになりますが、そういう人はもしかしたらどこかにいたかもしれません。摂食障害は「女らしさ」への葛藤と発症がリンクしています(男性の摂食障害もありますがここでは女性の摂食障害に限定します)が、良い男性のパートナーを持つことで回復する人は一定数います。

男性らしさ、というのも実はそうだと思いますが、女性らしさというのは思ったより不安定で曖昧なものです。ただし一つ言えるのは、フェミニストには袋叩きにあうことを覚悟して言えば、女らしさは男性があってはじめて成立するものです。男性の存在で葛藤が解消されていくことは、十分にあり得ることだと思います。

最後になりましたが遠野さんのご冥福を心からお祈りいたします。

 

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