日本人は何故キリスト教を信じなかったのか
何故日本人の99%はキリスト教を信じないのかという動画を先日見ました。興味深い内容でしたが、当時の普通の日本人が本当にここで言われているほど賢かったのかについて、私自身は検証する手段がありません。
ただ、日本人は外国人に比べて議論に弱い、自分の意見を持たないなど色々言われている中で、逆にそのことが強みとなる局面もあるかもしれないということは最近ときおり感じています。
ヤフーニュースの見出しにはここしばらく、パレスチナ情勢についてのニュースがトップに必ず出ていました。ガザの病院が攻撃された、乳児が2人死んだ、子供が死んだなどのニュースがトップを飾っていました。罪のない子供が亡くなったのはとても悲しいことですが、正直な所、戦争をやっているので子供も含めて必ず人は死にます。日本国内で起きたことであれば子供1人の命でも報道するべきでしょうが、遠いパレスチナで2人の子供が亡くなったことがトップニュースになっているということは、私たちの関心が本当にそこにあるというよりも、「このことに関心を持たなければならない」という報道側の意図が強く働いた扱いであることが伺えるものです。日本のパレスチナ関連ニュースは大抵欧米メディアの受け売りだと思うので、そうした意図を持っているのは欧米のリベラル系メディア、もしくは親パレスチナ(もしくはハマス)のメディアだと思います。
ウクライナでの戦争も続いていますし、今も世界中のさまざまな所で、殺されたり餓死したりする子供は残念ながらたくさんいます。それに、かわいそうということで言えば、戦争で殺される大人だって本当にかわいそうです。しかしメディアは何故かガザの2人の子供の死をヤフーのトップ見出しにするのです。私はこの見出しを見た時にその恣意的な態度にぞっとしました。
そしてそのメディアの報道を受けて、「パレスチナの人々がかわいそう」「イスラエルは非人道国家」という批判が世界的にも強まっている所を見ると、メディア側の意図はある程度成功しているようにみえます。確かに罪もないパレスチナの人々の現状は本当に気の毒です。その点に異論はありません。
しかし、以前の記事にも書いたように、そもそもハマスがイスラエルにテロ攻撃をしかけ、同様に罪のないイスラエルの市民を、ここには書けないような残酷な方法で多数殺害したということが、今回の事件の発端です。もし自分の子供があのような方法で殺されたらと思うと、そうするべきかはともかく、イスラエル人が報復したくなる気持ちは本当によくわかります。
日本の中東専門家が最近メディアに出ては「ハマスはもともと福祉団体だった」「ハマスはパレスチナの人々のために汗水流して戦ってきた」などと、できるだけハマスのイメージをよく見せるようなことを言っています。そのイメージを崩すような報道が出ると彼らは「フェイクニュースだ。素人には限られた情報しかないから本当のことが分からないのだ」とけん制します。
学歴の高い人、いわゆる頭のいい人の方が、中東専門家の言うことが正しいと思うのではないでしょうか。彼らの説明はわかりやすく論理的で、ハマスも実はそんなに悪い人ではなく、そもそもイスラエルがかの地を占領して迫害されたために仕方なく立ち上がったのだ(←この指摘は部分的には正しい)と納得すると少し安心するというか、そういう所があります。
しかし一歩引いてみれば、なぜ元福祉団体の人が他人を残虐な方法で殺すのか、ガザを統治していると言いつつパレスチナの人をイスラエルの攻撃から積極的に守ろうともせず、自分たちだけ地下に潜伏しているのか、なぜハマスの幹部がドーハで豪勢な暮らしをしているのか、ファタハと金と利権がらみで骨肉の争いをしているのかなど、ハマス=英雄説には色々な不都合が出てきます。中東の周辺の国はハマスについて、これらの事実に十分気づきつつも、自国の利害関係と国内世論を考え、見て見ぬふりをしている所があります。
今回のパレスチナ戦争についてはハマスが起こしたものなので、本来国際社会はハマスを強く糾弾するべきですが、欧米側も含めて色々な利害関係がありすぎて歯切れのいいことが言える国があまりいません。また、イスラエル側も過去に色々やらかしているため、今回のことに限ればハマスが悪いとはいえ、イスラエルの肩もそれほど持てないという所もあります。ひとつ言えるのは、パレスチナ及びガザ地区は多くの人の金と利権が集まっている所であり、ウイグル人権弾圧などにはほとんどメディアの関心が集まらないのにガザ問題には世界中の関心が集まる理由も私はそこにあると思っています。
ただし今回の戦争について、イスラエル側の死者よりもパレスチナの死者が10倍以上多いのでイスラエルの方が罪が重いとする向きがありますが、イスラエル側の行為の正当性について、単に死者数の比較のみで論じてよいのかどうかについては疑問があります。戦争行為の正当性については軍事の専門家なども含めての専門的な議論が必要で、素人が、まして現地の状況も正確にはわからないのに軽率に論じるべきものではありません。
ここで最初の話に戻るのですが、今回のパレスチナ戦争について、多くの日本人の態度が「どちらにもつかない」であるように見えることが今回の救いです。双方理屈とプロパガンダで、多くの人をできるだけ自分の味方につけようとメディアなどを駆使し、民族の悲劇を訴える中で、多くの日本人はこの話全体のうさんくさい部分を何となく直観しているようにみえます。
それは議論に弱いのではなく根本的な話の矛盾を直観できる能力があるということで、冒頭のキリスト教に疑問を持った日本人も、同じ直観を働かせていたのではないかと想像します。外国人にもこの直観力は勿論あるでしょうが、多くの外国人の宗教やイデオロギーへの感化のされ方を見ていると、もしかして、島国根性の日本人はよりこの直観力があるのではないかと思ったり(単なる個人の感想です)。
ただしSNS時代になり、直観力と早とちりを混同する人が増えた結果、日本人の直観力にも陰りがみえつつあり、今後はこれに頼るばかりではいけないのかもしれないな、とも思います。